英国紅茶専門店ロンドンティールーム 企業情報

企業情報

代表取締役 金川 宏(かながわ ひろし)

1965年日本大学経済学部卒業後、住友系鉄鋼関連企業に12年間勤務し脱サラ。喫茶店業界へ。
紅茶専門店のパイオニアであるティーハウス ムジカ(店主 堀江 敏樹氏)の元で1979年から4年間、現在の基礎となる紅茶の奥深さを学ぶ。

ムジカ 堀江店主とともにヌワラエリア・ウバハイランドのエステートを周る。

英国紅茶に魅せられ、1983年ロンドンティールームを大阪・堂島に開店。
三越・大丸・阪急と店舗拡大したが、バブル崩壊を機に方向転換を図り、店舗の集中化を目指す。

一方、20数年培った経営ノウハウを織り交ぜながらインターネットの通販事業を発展させる。
ティーポットの特許取得、紅茶教室等の紅茶普及活動を行い、紅茶専門店としてのオンリーワンを目指している。


 
 
 
 
 

終戦記念日にあたり

敗戦から72年。
母の遺品を整理していたら、戦死した父の「忠魂録」が見つかり、何か伝えたいと、思い切って公開します。

代表取締役 金川 宏(かながわ ひろし)の父   代表取締役 金川 宏(かながわ ひろし)と母
父は31歳で戦死。その当時、母24歳。

母は父の事は私に一切話してくれませんでした。
たぶん父が国の為といえども、自分達を残し、勝手に死んでいった事をきっと許すことが出来なかったのだと思われます。

それだけ敗戦後、女性がまして子供をかかえて、生きていくのに大変であったから、父の事は喋りたくなかったのでしょう。

『忠魂録』

・忠魂録:第2大隊副官 清水稔 陸軍大尉 記
・馬場部隊(馬場大佐)歩兵121連隊。

■昭和20年2月21日:ビルマ キャクピュー県ラムリー島の戦いで戦死。
イギリス軍が上陸し日本軍と戦った戦場。

■戦死時の状況
日本軍の撤退に際して、重要地点を守るため、敵の包囲攻撃に応戦し、敵を撃退すること数回。
弾丸が尽きても尚、突撃を敢行したが、付近に落下した砲弾の破片が左胸を貫通。天皇陛下の万歳を三唱し、壮烈な戦死を遂げた。

■昭和20年2月22日
イギリス軍の公式記録ではラムリー島での戦闘が終わった日とされている。


哀悼の言葉
※第54師団長 宮崎繁三郎 中将
※歩兵団司令部歩兵団長 木庭知時 少将
※第28軍司令官 櫻井省三 中将
※歩兵第121連隊 馬場進 大佐

 
 
 

戦死 昭和20年2月21日 31歳
終戦 昭和20年8月15日

絶望的な戦いの中で斬り込み隊長として挑んだのは、航空隊と同じく玉砕でした。
父と共に戦って、戦死した同胞の冥福を祈りながら終わります。


 
 
 
 
 

英国との運命的なめぐり合わせ


▲英国王室からの招待状

英国をモチーフとした紅茶専門店ロンドンティールームを立ち上げ、そして、幸運にもイギリス王室やロンドン市長からの招待を受けたのは、何か運命的なめぐり合わせを感じます。